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最上の一杯を。

  • 執筆者の写真: t.yagihashi
    t.yagihashi
  • 2019年12月3日
  • 読了時間: 2分

俺は珈琲が大変好きで、よく喫茶店に行く。 旅先でももっぱら散歩と称して喫茶店を巡っているし、

行く先々で店の雰囲気を"味わう"のが好きだ。


あげようと思えば素晴らしい店々の名前をあげることもできるが、

それは別の機会に譲るとして、俺が一番好きな珈琲は、

どうしたって「自分が淹れた」一杯になってしまう。 こう書くとナルシシズムを感じるかもしれないが、それだけではない。


珈琲を飲むだけでなく、"味わう"ということを考えると

「飲む」他に以下の行為が含まれると思う。

・豆を選ぶ ・豆をグラインドする ・珈琲を淹れる


これらの過程を通して珈琲を「飲む」ための、 自分が珈琲に向き合うための姿勢が出来上がる。 何度か試してみると準備には音楽が必要だったり、 静かな場所を求め始めたりと、その範囲は空間にも 及んでいく。そうして自分の特別な時間を組み立て、

じっくりと珈琲を味わうことができるのだ。

特に俺の場合は「父への一杯」が何物にも代え難い。

朝10時頃になると、


「今日は珈琲飲むかい?」 「うん。飲もうかな」


というやりとりが俺と父の間で始まる。 今日はどんな風に淹れようか、と 朝食の様子や今までの感想を踏まえて、 素人ながらに淹れ方を思案する。

父からの感想は大抵無いが、表情や珈琲の減り具合を

つぶさに観察しながら今日の出来栄えを見てとる。

そんな平凡な一杯こそが、特別な一杯なのだ。


珈琲の味わいは、 豆から始まり、空間へと拡がり、人にまで及んだ。


飲む相手をも含んだ味わい方というのは なかなか粋な気がしないか?

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